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ちがうということ



最近、

夫婦でも職場でも友達でも、人間関係というものは総じて
それぞれ違った観点だから良いのだな、と思うのである。

時折私は妻と意見が食い違うとき、うんざりするときもある。
しかしそれは、妻なりの視野で私のことを見つめてくれているのであり、
メカニズムとしては、それに私が反発することにより、ケンカになるのだ。
私はもっと感謝せねばならない。

もし妻がすべて私に同調する人であったなら、
私が誤った方向へ進んだ際の抑止力が無くなってしまう。
いわゆる仲間意識の闇というヤツである。

「共感」というものは、つい、良いものとばかり思いがちだが、
まやかしや暗示に近いと思う。
時により恐ろしい麻薬のようなものでもある。

事実私も以前は、

感性・ソリが合わなかったり否定されたり、好みが違ったりすると
私は「この人は違う」と脳内でカテゴライズ・インプットする傾向が強かった。
そういう人を、自分が傷つかぬよう、意図的に遠ざけようとしていた。
逆に、話の合う人としか付き合おうとはしなかった。
心がそのほうがラクだからである。


しかし、今の職場は必然的にたくさんの人と関わるため、
私のもっともニガテとする、他人とのコミュニケーションをとらねば
仕事はうまくゆかない。
今まで極力他人を遠ざけて生きてきた私にとって、毎日が緊張だ。

そういう中でふと、人と違うということは肯定すべきなのかもしれない、
と思った。

人が自分を見てくれている、気にかけてくれている。
表現の形がどうであれ、それはすばらしくありがたいことなのである。

ただ、その期待や思いに応えれる自信はあまりないが。
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ノブヤ

Author:ノブヤ
■絵を描く人です。
つまらぬ日常の中、
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絵等にしたためています。
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